ポンペイの遺跡では、住民の毎日の生活が伝わってくるフレスコ画がありました。
ある家には、犬を表現した壁があり、別の家には、パン屋でパンを買うようすが描かれていたといいます。
特におもしろいのは、「悲劇の詩人の家」と呼ばれる建物の入り口の床には、するどい牙をもった黒と白の犬が描かれており、絵には「犬に注意」と描かれていたとか。
この記事では、ポンペイの遺跡と世界遺産としての価値を紹介します。
「世界遺産:ポンペイとは?」犬の床絵ですらタイムカプセル


ポンペイの犬の床絵
ポンペイはタイムカプセルだといわれます。
かつては栄えた古代都市が、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火で灰に埋もれてしまい、1860年に発掘調査が開始されるまで1800年近く埋もれていた遺跡だからです。
埋もれていたせいか、街並みや人々の暮らしが良好に残り、古代ローマの日常を伝える貴重な世界遺産となっています。
当時のポンペイ人をうかがい知る結果として、幅の広いベルトをつけた奴隷や、信心深い女性、けがの手当てをする道具をもったお医者さんが存在したと考えられています。
古代遺跡のため、観光客が多すぎて遺跡に悪い影響が心配されています。
そのことから、ユネスコとは別にワールド・モニュメント財団も保全の対象にしています。
ニューヨークを拠点に置く民間の非営利組織で、世界の歴史的建造物や文化遺産の保存に取り組んでいる。
マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」のスピード・ワゴン財団とは別の財団です。
「ポンペイのひみつ」地中に埋もれたローマの古代都市を読んで
この本は最後に3つの問いかけがあります。
世界遺産を勉強している僕なりの考えをまとめてお伝えします。
なぜ人はポンペイで発掘作業しましたか?


イタリアポンペイ
理由は2つありました。
- 王のための芸術品
- 古代都市への興味
ひとつは、王のためにささげる芸術品としていました。最初は古代都市や考古学に興味がある人がいなかったので、まるで宝探しのように思われていました。



もしかしたら、夢を追っていてバカにされていたのかも?
発掘がきっかけで興味を持つ人がふえてきました。
そして2つ目。遺物からポンペイの生活がどのようなものであったのか?古代都市について学ぼうとする人が現れたのです。
はじめから古代都市を目当てに発掘をしたというよりも、見つかったことによって徐々に興味をもつ人が増えていったんですね!
ポンペイの人はどんな毎日を過ごしていましたか?


イタリア_ポンペイ遺跡の出土品
ポンペイの人は社交的で公共のお風呂をよく利用していたみたいです。
熱いお湯から冷たい水まで選ぶことができたり、何時間もかけて湯あみをして、友人と語りつくす……なんてこともあったようです。
まるで、「映画:テルマエロマエ」の世界ですね。
お風呂に入ってお腹がすいたらテルモポリウムという現代のバイキング・レストランみたいな場所で食事を楽しんだみたい。また、食事派ではない人は徒競走や球技といったスポーツで体を動かしたようです。



古代人もけっこう楽しそうやろ?
湯あみ:体を洗ったり湯につかって疲れをとること
テルモポリウム:古代ローマや古代ギリシャで、温かい食べ物や飲み物を提供した場所。レストラン。
ヴェスヴィオ火山の近くに住む人たちはどんな心配がありますか?


ポンペイとヴェスヴィオ火山
ヴェスヴィオ火山は現在も稼働中で、西暦79年にポンペイの災害があってから少なくても30回は噴火をしていて、ヴェスヴィオ火山は世界でもっとも危険な火山の1つだといわれています。
ですので、近くに住む人々は、「いつまた噴火するかわからない恐怖」と背中あわせで暮らしていて、心配ごとも多いでしょう。
危険区域と呼ばれる18の町には、近代都市ナポリをはじめ現在60万人以上が暮らしているようです。
年間観光客数が200万人を超えるポンペイですから、もしかしたら噴火のときに観光客が多すぎて地元の人も避難できないことも考えられます。
ポンペイの世界遺産としての価値


イタリア_ポンペイ遺跡の出土品
ポンペイは文化遺産として世界遺産に登録されています。
正式名:ポンペイ、エルコラーノ、トッレ、アヌンツィアータの考古地区
保有国:イタリア
登録年:1997年、2023年範囲変更
登録基準:ⅲ、ⅳ、ⅴ
西暦79年にヴェスヴィオ山が噴火した時、ポンペイとエルコラーノの繁栄していた町が火砕流に飲み込まれた。
18世紀半ばから徐々に遺跡が発掘。
ポンペイは保存状態がよい建物があり、古代ローマ都市の全体像を知ることができる世界で唯一の遺跡である。
また、ポンペイ市壁のすぐ外にある邸宅「秘儀荘」は紀元前3世紀にたてられた家を発展させたもの。
エルコラーノで発見された保存状態のよいものもあり、パピルスの別荘ではギリシャ哲学の文書を含む1800冊以上のパピルス文書が発見された。
西暦79年といえば、日本では弥生時代の出来事です。
床に描かれた一匹の犬は、2000年たった今も、私たちに「ここで人が生きていた」と教えてくれています。
同じイタリアの世界遺産「ピサの斜塔はなぜ傾いているのか?」気になりませんか?














コメント