ドイツ南部、バイエルン州にあるアウクスブルク。
この街には、700年以上にわたって発展してきた水管理の歴史があります。
水路、水塔、ポンプ設備、噴水、水力発電所など、現在残されている22の構成資産が「アウクスブルクの水管理システム」として2019年に世界文化遺産へ登録されました。
水をどこから取り、どのように運び、必要な場所へ届けるのか。高低差があれば、どうやって水を上げるのか。そして、その設備をどう維持していくのか。
今と昔の技術レベルは違っても、向き合っている課題は意外と変わっていません。
今回注目するのは、飲料水と動力用水を分ける工夫と、水車・ポンプ・水塔を使って街へ水を届ける仕組みです。水インフラの現場経験も交えながら、都市の暮らしを支えた技術を見ていきます。
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世界遺産:アウクスブルクの水管理システムとは
アウクスブルクの水管理システムは、一つの巨大な水道施設を指しているわけではありません。
世界遺産を構成しているのは、水路、水塔、ポンプ設備、記念噴水、水力発電所など22の構成資産です。
正式名:アウクスブルクの水管理システム
保有国:ドイツ
登録年:2019年
登録基準:ⅱ、ⅳ
その他:水力工学分野のパイオニアで、1545年から飲料水と加工用水の厳格な分離が導入されていた。
アウクスブルクにはレヒ川とヴェルタハ川が流れ、その周辺には豊かな水資源があります。
この水を利用するための水路については1276年にはすでに記録が残されており、その後も都市の発展とともに水管理の仕組みが改良されていきました。
水は人々が飲むためだけに使われたわけではありません。製粉や皮なめし、織物などの産業にも利用され、時代が進むと水力発電にも使われるようになります。
クレオさん技術の転換!
ここがアウクスブルクの面白いところです。
古い水道施設がそのまま残ったのではなく、その時代に必要とされた技術を取り入れながら、水を利用する仕組みそのものが変化していきました。
どことなく、現代のインフラにも通じるものを感じます。
驚きの水質管理:16世紀から飲み水とそれ以外の水を分けていた
アウクスブルクについて調べていて、僕が特に興味を持ったのが水質の管理です。
遅くとも1545年には、飲料水と工業などに使用する水が分けられていました。飲料水には主として湧水を利用し、河川から引き込んだ水は産業や動力などに使われ、それぞれ別の水路を通していました。
今の感覚なら、飲み水とそれ以外の水を分けるのは当然のように思えます。
でも、これは1545年の話です。
水を介して病気が広がる仕組みが科学的に解明されるよりもずっと前から、アウクスブルクでは水の違いを認識し、都市の仕組みとして分けていました。
ここには現代にもつながる考え方があるように思います。
水は、ただ運べばいいわけではありません。
どこから取るのか。何に使うのか。そのためには、どのような水質が必要なのか。
普段、水道の蛇口をひねれば当たり前のように水が出てきます。でも、その当たり前の裏側には、こうした考え方の長い積み重ねがあります。
500年近く前のアウクスブルクでも、人々は同じ水と向き合っていたんですね。
水を高い場所へ届けるために生まれた水塔
もう一つ、僕が仕事柄どうしても気になってしまうのが、水を高い場所へ運ぶ仕組みです。
水は高いところから低いところへ流れます。
これは何百年前でも現在でも変わりません。
アウクスブルクでは、河川から引いた水で水車を回し、その力でポンプを動かして、飲料水を水塔上部の貯水槽へ汲み上げました。そこから供給先との高低差によって生じる水圧を利用し、市街地へ水を届けていたのです。
その代表例が、赤門(ローテス・トーア)の水道施設です。ここには3基の歴史的な水塔が残り、1416年から1879年まで、アウクスブルクの飲料水供給を支えていました。
注目したいのは、一度つくった設備をそのまま使い続けたわけではないことです。長い年月の間にポンプの仕組みが改良され、水塔も増築・改築されてきました。街に水を届け続けるために、設備に手を入れる。その積み重ねが、今も建物の姿に残っています。
この仕組みを知ったとき、僕は思わず「これ、今やっていることと根っこは同じじゃないか」と思いました。
僕が現場で扱ってきたポンプは電動機で動かすものです。そこには電源設備があり、制御設備があり、設備の状態を監視する仕組みがあります。
僕がこれまで仕事で見てきたのはこちらの世界です。
もちろん設備そのものはまったく違います。でも、やろうとしていることは意外と近い。
必要な場所へ水を届ける。そのために高低差を考え、自然の力だけでは足りなければ、何らかの力を使って水を上げる。
アウクスブルクでは、その動力に水そのものを利用しました。
水車を回し、その力でポンプを動かして水を上げる。
電気設備に携わってきた僕からすると、この発想が面白くて仕方ありません。
昔の技術を見ているはずなのに、考えていることは妙に身近なんです。
水は都市を動かすエネルギーにもなった
アウクスブルクでは、中世から水が製粉や皮なめし、織物などの産業に利用されていました。一方で、飲料水を市街地へ届ける仕組みも整えられ、さらに近代には水力発電へと利用が広がります。
飲料水の供給と産業の動力。異なる用途の水を管理しながら、その時代に必要な技術を取り入れてきたのです。
なぜアウクスブルクは世界遺産になったのか
アウクスブルクの水管理システムには、世界遺産登録基準の(ii)と(iv)が認められています。
登録基準(ii)では、水管理に関する技術革新や知識の交流が評価されています。アウクスブルクで発展した水を汲み上げる技術などは、他のヨーロッパ都市にも影響を与えました。
登録基準(iv)では、水資源の利用と良質な水の供給が、中世以来の都市の発展と繁栄を支えてきたことが評価されています。特に、ルネサンス期の水利用技術と産業革命期の技術発展を、現存する施設群が伝えている点が重要です。
つまり、古い施設だから世界遺産になったわけではありません。
水を必要とする都市があり、そこで暮らす人たちが課題に直面し、その時代にある技術を使って解決してきた。
そして新しい課題が生まれれば、また仕組みを変えていく。
その積み重ねが700年以上続いてきたところに、この世界遺産の大きな価値があります。
この歴史の「積み重ね」という部分がけっこう好きです。
水インフラの現場に携わってきた僕に見えたもの
僕はダムや水門などに関わる電気工事に携わってきました。
世界遺産を勉強する以前は、自分が扱っている設備を歴史の中で考えることなんて、ほとんどありませんでした。
目の前にある設備を安全に動かす。故障すれば原因を調べる。古くなれば更新する。



それが仕事だ
でも、世界遺産を学ぶようになって少し見え方が変わりました。
アウクスブルクで水車がポンプを動かしていた時代と、僕たちが電動機や制御設備を使っている現在。その間には何百年もの時間があります。
それでも、水源を確保し、必要な水量を考え、高低差を克服し、安全に水を届けるという目的そのものは、それほど変わっていません。
今の技術も突然生まれたものではないんですよね。
誰かが水を運ぶ方法を考え、別の誰かがもっと効率のいい方法を考え、その技術を次の世代が改良してきた。僕たちが今使っている設備も、その長い歴史の先にあります。
そう考えると、仕事に対する見え方まで少し変わります。
今まで当たり前に扱ってきた設備も、長い歴史の中で受け継がれてきた技術の一つなのかもしれない。
だからアウクスブルクの水管理システムを見ると、遠いドイツに残された昔の施設という感じがあまりしません。
少し大げさかもしれませんが、僕には自分の仕事の祖先を見ているように感じます。
まとめ:世界遺産を知ると今の仕事が少し違って見える
アウクスブルクでは、700年以上にわたって水を利用する仕組みが発展してきました。
飲料水とそれ以外の水を分け、水車の力を利用して水を高い場所へ運び、産業の動力として使い、さらに水力発電へと利用を広げていきました。
設備の形や動力源は、現在とは大きく異なります。
でも、限られた水をどのように利用し、人々の暮らしへ届けるのかという問いは、今も続いています。
もしいつか、僕がアウクスブルクへ行くことができたら、水塔や水路を見ながら設備のことばかり考えてしまう気がします。



完全なる職業病
たぶん治らない……






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