開催中の「生誕150周年 アルベール・マルケ展―水辺を愛した画家」を見に行きました。
正直、僕はアルベール・マルケをほとんど知りません。観覧料は1,200円。
「どうしようかな……」
少し迷ったはずなのに、気づけば約2時間もマルケっていました驚!
そして、その2時間の中で何度も戻って見てしまった作品があります。
それは「ナポリ、帆船」という絵です。今回は、この一枚について書いてみます。
なぜ「ナポリ、帆船」が気になるんだろう?

アルベール・マルケは、水辺の風景を数多く描いたフランスの画家です。
今回の展覧会でもパリ、ハンブルク、マルセイユ、アルジェなど、さまざまな土地の水辺が登場します。
そんな中で僕の足が止まったのが、1909年の「ナポリ、帆船」でした。
最初は単純に、「この絵、好きだなー」くらいです。ところが、いったん離れて他の作品を見ても、また戻りたくなる。
近くで見る。離れて見る。また別の作品へ行く。そして、また戻る。
やっぱり、これなんだよなー。
そのうち作品よりも、「なんで僕はこの絵がこんなに気になるんだろう?」ということが気になってきました。
残念ながら「ナポリ、帆船」は撮影禁止。なので、ここからは僕の記憶を頼りに書いてみます。

「ナポリ、帆船」で僕が好きなのは、たぶん奥行きです。
手前には水面があり、その先に帆船。そして海が続き、ずっと遠くにヴェスヴィオ山が見えます。
自分の視線が手前の水面からヴェスヴィオ山に誘われていく。それがおもしろかったのです。
ふと思いました。人は水面に立つと、遠くを見たくなるのかな。高いところに立つと下を見たくなる。海の前に立つと、その向こうを見たくなる。
だとしたら「何を見るか」だけではなく、「どこに立って見るか」も風景の一部なのかもしれません。
今日の朝までマルケを知らなかった美術素人が言いたい放題です笑
ヴェスヴィオ山を見ていたら北斎が出てきた

遠くに描かれたヴェスヴィオ山を見ているうちに、なぜか僕の頭に浮かんだものがあります。
それは葛飾北斎の『富嶽三十六景』です。
富士山を題材にした作品なのに、北斎はいつも富士山を画面いっぱいに描くわけではありません。
人が働いている。道がある。海がある。そのずっと向こうに、小さな富士山がいる。「富士山デデーン!」じゃないんです。
「ナポリ、帆船」でも、ヴェスヴィオ山は大きくありません。帆船があり、水面があり、港があります。その風景のずっと向こうに山がいる。
大きく描くことだけが、主役として際立たせる方法ではないのかもしれない。

むしろ遠くにあるから、そこまで、目で旅をしたくなる。だから僕はこの絵に奥行きを感じて、見入ってしまったんだと思います。
ちなみにヴェスヴィオ山といえば、紀元79年の噴火でポンペイなどの都市を埋没させた火山です。
現在、ポンペイやエルコラーノなどの遺跡は世界遺産になっています。
マルケを見に来たのに、結局、世界遺産に帰ってきた。世界遺産好きとは恐ろしいものです。
- パリのセーヌ河岸(ポン・ヌフ、ルーブル周辺)
- ナポリ歴史地区
- ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区
- 富士山、信仰の対象と芸術の源泉

【まとめ】三保の松原からの富士山
北斎の富士山まで考えたところで、僕はもうひとつの場所を思い出しました。
三保の松原です。
三保の松原は、世界遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」を構成する場所のひとつです。
ここから見る富士山も、富士山だけが目の前に大きくそびえるわけではありません。松原と海があり、その向こうに富士山があります。
次に三保の松原へ行ったら、今度はナポリの残像が脳裏をよぎるのかもしれませんね。
三重県の美術館で、一枚の帆船の絵を見ながら発見が多かった一日でした。


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