斜面に沿って幾重にも広がるバリ島の棚田。緑の曲線が続く風景を見ると、ゆっくり歩いてみたくなります。

写真:Stefan Fussan/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
でも、気になることがあります。
「上の田んぼで水を使ったら、下の田んぼの水は足りるんだろうか?」
水は高いところから低いところへ流れます。ただ、流れる道があることと、必要な人へ必要な水が届くことは同じではありません。
今回の記事では、棚田へ水を届ける設備と、その水を共同で分ける「スバック」の仕組みです。水路や堰を使う人々の約束に目を向け、世界遺産の景観を支える仕事を見ていきます。
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世界遺産になったバリ島の水と棚田の景観
正式名:バリ州の文化的景観:トリ・ヒタ・カラナの哲学の実践としてのスバック・システム
保有国:インドネシア
登録年:2012年
登録基準:ⅲ、ⅴ、ⅵ
その他:水を分ける仕組みが、人と自然、そして神々までつないでいる。
対象となっているのは、棚田や水の寺院などが結びついた五つの構成資産です。
この世界遺産で重要なのは、田んぼの形だけでなく、水を管理する人々の活動と信仰が景観をつくってきたことです。
スバックは、農家が共同で灌漑を管理する組織であり、それに結びつく水利用の仕組みでもあります。水路や堰といった設備に加え、誰が水を使い、どう管理するかという社会の働きを含んでいます。
なぜ雨の多いバリ島でも、水を分ける必要があるのか
バリ島には、火山が生んだ肥沃な土壌と稲作に適した湿潤な気候があります。河川や湧水の水は、水路を通して平地や斜面の田んぼへ導かれてきました。
雨が多いと聞くと、水を分ける苦労は少なそうに感じるかもしれません。
しかし、地域に水があることと必要な時期に個々の田んぼへ届くことは別です。地形によって水を引きやすい場所と、そうでない場所があります。田んぼで必要とする水も農作業の時期によって変わります。
仮に、上流の農家が好きなだけ水を取り入れれば、その先で使える水が減る可能性があります。それぞれが自分の田んぼだけを見ていては、全体の水利用がうまくいかないこともあるわけです。
クレオさんスバックは相手への思いやりシステム
そこで、水路を共有する人々の間で調整が必要になります。
棚田を潤す水路・トンネル・堰
スバックの景観には、水源を支える森林、河川や湧水、水路、トンネル、堰、田んぼ、集落、寺院などが関わっています。
水を取り入れる場所から田んぼまで、地形に合わせて通り道をつなぐ。その水を途中で分けながら農地へ届けます。
ここで想像したいのは、棚田の水が、必ず上の田んぼから順番に落ちていくわけではないことです。灌漑用の水路が分かれ、複数の田んぼへ水を供給する仕組みもあります。
風景として見ると田んぼの段差に目が向きますが、その脇にある小さな水路などの水を分ける場所にも役割があります。
大きな構造物がなくても、どこで水を取り入れ、どちらへ導くかを決める設備は必要です。水が流れる道を追うと、棚田の見え方が変わってきます。
棚田の水を分けるのは誰なのか
水の配分を考える中心となるのはスバックに参加する農家たちです。代表者を選び共同で水を管理します。
UNESCOの事例紹介では、農家などで構成される水の寺院のネットワークが、水の配分や供給する時期について意思決定すると説明されています。
つまり、水を分けるのは、施設の形だけではありません。水を利用する人々の話し合いも大事なのです。
ただし、公平な配分を、全員にいつも同じ量を流すことだと考えるのは単純すぎます。水の使い方には、田んぼの条件や農作業の時期、地域ごとの取り決めが関わります。
限られた水を、共同で使い続けられるように調整する。そこにスバックの大切な役割があります。
水の寺院は信仰と共同の水管理の拠点


写真:Chainwit./Wikimedia Commons/CC BY 4.0
スバックを理解するうえで欠かせないのが「水の寺院」です。信仰の場であるとともに、同じ水を使う人々が水の分け方や農作業の時期を調整する拠点にもなっています。
その背景にあるのが、人と人、人と自然、人と神聖な世界の調和を重んじる「トリ・ヒタ・カラナ」という考え方です。自然から水の恵みを受け取り、ほかの人と分かち合う。祭礼や供物も、その関係を確かめる機会になってきました。
稲作では、水の量だけでなく、いつ使うかも重要です。自分の田んぼに水を引く判断が、周囲の田んぼにも影響します。
UNESCOは、水の寺院のネットワークが、長い年月にわたって流域全体の棚田の生態や水利用を管理してきたと説明しています。
寺院を通じて信仰を共有することが、水を使う人々の協力にもつながる。バリ島では、水を大切にする考え方が、日々の農業を支える共同管理に結びついているのです。
水インフラは、使う人同士の調整があってこそ働く
僕はダムや水門に関わる電気工事に携わってきました。
電源設備や制御設備を扱っていると、機器を動かすための条件に目が向きます。でも、いつ、どこへ、どれだけ水を送るかを決めるには、その水を使う人の事情も関わります。
スバックを調べていて気になるのは、水が少ないときの分け方や、水路を修理するときの調整です。
共同の水路を止めれば複数の田んぼに影響します。誰が修理を担い、費用をどう分担し、いつ作業するのか。設備を維持するには、人同士で決めることもあります。
実際の取り決めは地域によって異なりますが、同じ水を使う人々の協力が必要になることは間違いありません、
水路が残っていても、手入れをする人や使い方を調整する人がいなければ、その働きは続きません。スバックを見ると、水インフラを支えているのは、設備と、それを使い続ける人々の関係なのだと感じます。
世界遺産マイスターとして見たい「暮らしがつくる景観」
バリ州の文化的景観では、トリ・ヒタ・カラナに基づく文化的伝統、共同の水管理によって形づくられた土地利用、そして信仰と実践の結びつきが評価されています。
美しい棚田は、眺めるためだけにつくられたものではありません。水を引き、稲を育て、設備を手入れする仕事が重なって今の景観になっています。
だから、この世界遺産を守ることは、田んぼの輪郭を保存するだけでは済みません。農業が続き、水を共同で管理する仕組みが働くことも重要です。
それは、条件の違う人々が、限られた資源を使うために調整を続ける営みでもあります。
調和という言葉の背景に、日々の判断や作業がある。その部分まで想像すると、棚田の緑が少し違って見えます。
まとめ:棚田へ届く水には人々の約束がある
バリ島の棚田を潤しているのは、水路や堰だけではありません。その水を共同で分け、設備を維持するスバックの働きがあります。
自然の流れに任せる部分と、人が話し合って決める部分。
その両方が、農地と暮らしを支えてきました。
もし棚田を歩く機会があれば、緑の景色を楽しみながら水が分かれる小さな場所にも目を向けたいです。
そこで流れる水の向こうには、別の田んぼと、それを耕す人。それに管理する人に優しいシステムがある。そう考えると、水路が人と人を結ぶ道にも見えてくると思います。





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