滝と聞くと、川の水が崖から落ちる風景を思い浮かべませんか?
ところが、富士山の麓にある白糸ノ滝では、流れ落ちる水の大部分が崖から湧き出しています。一方、クロアチアのプリトヴィツェ湖群では、水に溶けていた成分が岩となり、水をせき止めることで湖や滝が生まれています。
岩の間から水が現れる富士山と、水の中から岩が生まれるプリトヴィツェ。二つを比べると、美しい滝の向こうにある、目に見えない水の働きが分かります。
【世界遺産になった理由】滝の遺産の違い

白糸の滝と富士山【写真】Big Ben in Japan
「Shiraito Falls」/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0
白糸ノ滝は、2013年に世界文化遺産となった「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産です。構成資産とは、一つの世界遺産を形づくる場所のこと。白糸ノ滝だけで独立した世界遺産ではありません。
プリトヴィツェ湖群国立公園は、1979年に登録されたクロアチアの世界自然遺産です。湖や滝の美しさと、それを生み出し続ける自然の仕組みなどが評価されています。
正式名:プリトヴィツェ湖群国立公園
保有国:クロアチア
登録年:1979年
登録基準:ⅶ、ⅷ、ⅸ
その他:プリトヴィツェ湖群の面白さは、エメラルド色の湖や滝の美しさだけではありません。石灰岩地域を流れる水から炭酸カルシウムが沈殿し、苔・藻類・微生物なども関わりながら石灰華(トゥファ)の堰が成長し続けています。 その堰によって湖が生まれ、滝が生まれ、景観そのものが今も変化しています。
| 比較する点 | 富士山・白糸ノ滝 | プリトヴィツェ湖群 |
|---|---|---|
| 場所 | 日本・静岡県富士宮市 | クロアチア |
| 世界遺産での位置付け | 富士山の構成資産 | 湖群を含む国立公園 |
| 遺産の種類 | 文化遺産 | 自然遺産 |
| 水と岩の関係 | 地下を通った水が地層の境目から湧く | 水に溶けた成分が岩となり、湖をせき止める |
| 価値を知る手がかり | 富士山の水と、巡礼・修行の歴史 | 水・岩石・生き物がつくる地形 |
白糸ノ滝は、自然の仕組みが面白いから文化遺産になったわけではありません。反対に、プリトヴィツェも、ただ景色がきれいだから登録されたわけではありません。その違いを僕なりに解説していきます。
【富士山:白糸ノ滝】なぜ水は崖の途中から現れるのか?
白糸の滝は、高さ約20メートル、幅約150メートルに広がります。名前のとおり、白い糸を何本も垂らしたような姿が特徴です。その大部分を占めるのが、富士山の麓から湧き出す水です。
仕組みを理解する鍵は、地下に重なる「水を通しやすい層」と「通しにくい層」にあります。
雨や雪解けの水は、溶岩の隙間などを通って地中へ入ります。
しかし、どこまでも真下へ進めるわけではありません。水は地層に沿って流れ、崖から地表に出てきます。
イメージするなら、水を通す層の下に、通りにくい床がある状態です。上からしみ込んだ水が床に沿って移動し、その端から流れ出る。白糸の滝では、地下の水の通り道が、崖の表面に姿を現しているのです。
滝つぼだけでなく、水が出てくる岩肌を見る。そうすると、白糸の滝は「落ちる水の名所」から、「地下を流れてきた水に出会える場所」に変わります。
すぐ近くの音止の滝と比べるのも面白い見方です。こちらの主な流れは、芝川の本流が崖から落ちるもの。同じ地域にある滝でも、水の集まり方が違います。
【プリトヴィツェ湖群国立公園の滝】水が湖の仕切りをつくる

プリトヴィツェ湖群国立公園の滝【写真】Tesla Delacroix
「Plitvice Lakes1」/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
プリトヴィツェ湖群では、大小の湖が段々に連なり、その間を滝が結んでいます。湖を区切っているのは、人が造ったダムではなく自然にできた岩の障壁です。
その岩は「トゥファ」と呼ばれます。日本語では石灰華と呼ばれるものの一種で、水に溶けていた炭酸カルシウムが沈殿し、積み重なってできます。
少し難しそうですが、順番に考えると分かりやすくなります。
- 水が石灰岩などの地層を通り、岩の成分を溶かし込みます。
- 流れる途中で条件が変わると、溶けていた成分が小さな結晶として現れます。
- 結晶が付着して積み重なり、水をせき止める障壁が育ちます。
- せき止められた水が湖となり、障壁を越える流れが滝になります。
つまり、岩の成分を運び、別の場所で新しい岩をつくる働きもあるのです。
ここには、コケや藻類、細菌なども関わっています。藻類や細菌が出す物質は、細かな結晶が付着する足場になったり小さな生き物の働きが、湖を区切る地形づくりにつながっています。
大きな滝に目を奪われがちですが、その成り立ちを支えるのは、見過ごしてしまいそうな小さな存在だということですね。
【富士山:白糸ノ滝】なぜ自然遺産ではなく文化遺産なのか?
白糸ノ滝も自然遺産のように感じるかもしれませんが、富士山の構成資産として大切なのは、その水に人々がどのような意味を見いだしてきたかです。
富士山を信仰する人々にとって、山の水は、心身を清めるためのものでもありました。白糸ノ滝は、富士講の人々が巡礼し、水行という修行を行った場所です。
富士講とは、富士山への信仰を共有し、登拝などを行った人々の集まりです。
関連する文書では、その開祖と仰がれた長谷川角行が、白糸ノ滝で水行をしたと伝えられています。18世紀の絵図にも、この場所での修行の様子が残されています。
私たちが「きれいな湧水だ」と眺める水を、かつての巡礼者は、富士山の神聖さに触れる水として受け止めていました。
一方、プリトヴィツェで世界遺産として評価されているのは、岩の障壁ができる地質学的な過程と、生き物が関わる生態学的な過程などです。
白糸ノ滝では「水と人の関係」、プリトヴィツェでは「水が景色をつくる仕組み」に注目する。そうすると、同じ滝の風景でも、世界遺産として読み取る物語が変わります。
守るべきものは、目の前の滝だけではない
二つを比べると、保全にも共通する視点が見えてきます。
白糸の滝では、麓に降った雨などが地中を通って届きます。滝つぼの周りをきれいにすることに加え、その水がどこで地中に入り、どこを流れて湧き出るのかに注目する必要があります。
静岡県富士宮市は、湧水池の情報に加えて、市内の観測地点で記録した地下水位も公表しています。水の状態を知るには、観光客に見える水面だけでなく、地下の変化を確かめることも大切なのです。
プリトヴィツェでも、湖の周囲に広がる森林や、水が集まる範囲全体の保全が重要です。
ユネスコは、排水による汚染や過剰な栄養分の流入をリスクとして挙げています。水質は、景色の透明感だけでなく、地形をつくる生き物や自然にも影響するからです。
また、プリトヴィツェの岩の障壁は、今も成長する一方、壊れたり侵食されたりします。
世界遺産を守ることは、景色を写真のように固定することではなく、社会生活の中で役割を与えながら、それでいて景色を生み出す自然の働きが続く条件を守ることでもあります。
【まとめ】水の「入口」と「その後」を想像すると?
| 現地で注目したいこと | 白糸ノ滝 | プリトヴィツェ湖群 |
|---|---|---|
| 水はどこから来る? | 崖から湧き出す場所を見る | 湖から次の湖へ続く流れを見る |
| 岩は何をしている? | 地層の違いが、水の通り道を決める | 水からできた岩が、湖を区切る |
| 世界遺産として何を伝える? | 富士山の水を神聖なものとした信仰 | 水・岩石・生き物が景色をつくる過程 |
白糸ノ滝で見えているのは、地下を旅してきた水の出口です。プリトヴィツェで見えているのは、水が次の景色をつくっている途中の姿です。
どちらも、写真には流れ落ちる一瞬しか写りません。しかし、その一瞬の前後には、地下の道筋や、岩が積み重なる長い時間があります。
次に滝を訪れたら、「高さはどれくらいだろう?」と一緒に、「この水はどこを通ってきて、何をつくっているのだろう」と考えてみてください。
富士山の麓の水にも、遠い国の湖にも、もう一段深い面白さが見えてきます。
- UNESCO World Heritage Centre「Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration」
- 富士山世界文化遺産協議会『富士山包括的保存管理計画』構成資産24「白糸ノ滝」の解説
- UNESCO World Heritage Centre「Plitvice Lakes National Park」
- 富士宮市「白糸ノ滝」
- 富士宮市観光協会「白糸ノ滝(白糸の滝・音止の滝)」
- 観光庁・地域観光資源の多言語解説文「白糸の滝」日本語仮訳
- プリトヴィツェ湖群国立公園「Tufa」
- プリトヴィツェ湖群国立公園「Karst landscape」
- プリトヴィツェ湖群国立公園「Tufa Week — What forms the tufa barrier?」
- 富士宮市「地下水・湧水」


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