地面の下へ続く階段。その先には、彫刻で飾られた壁や柱が幾重にも並んでいます。インドのラニ・キ・ヴァヴは、地下に宮殿をつくったように見える建造物です。
でもここは井戸です。
水を手に入れるための施設が、なぜこんな形をしているのでしょうか?
その疑問をたどると、水を確保する技術だけでなく、水を大切にしてきた人々の考え方も見えてきます。
今回注目するのは、地下の水へ近づくための階段と、水への信仰が重なる井戸の建築です。水を使うための工夫が、なぜ美しい地下空間になったのかを見ていきます。
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【インドの世界遺産】ラニ・キ・ヴァヴとは?
正式名:ラニ・キ・ヴァヴ:グジャラート州パタンにある王妃の階段井戸
保有国:インド
登録年:2014年
登録基準:ⅰ、ⅳ
その他:地下へ向かって何層にも階段を下りながら水へとたどり着く「水を得るための施設」を壮麗な建築空間へ昇華させた階段井戸。水の神聖性を祀った寺院。
グジャラート州の観光当局は、11世紀に王妃ウダヤマティが、夫である王ビーマ1世を記念して建設したと紹介しています。
特徴は地上から地下へと下りていく大きな空間です。
階段のある通路、柱の立つ建築、貯水槽、井戸が組み合わさり、水にたどり着く道そのものが建築になっています。
井戸と聞くと地面に開いた穴へ縄と桶を下ろす姿を想像するかもしれません。ラニ・キ・ヴァヴでは人が地下へ進んでいくための空間が大規模につくられているのです。
階段は、地下の水に近づくための道
階段井戸とは、その名のとおり、水のある高さまで階段で下りられる地下の給水・貯水施設です。乾燥した地域の多いグジャラートやラージャスターンには、こうした井戸が数多くつくられました。
ここで大切なのは、「水が地下にある」ことと、「その水を人が使える」ことの間には、もう一つ課題があることです。
地上から水面まで距離があれば、水を取りに行く方法が必要になります。
階段は、人が水へ近づくための通路になります。
また、一般に井戸の水位は一定とは限りません。雨の入り方や周囲の地下水の状態によって、水面の高さは変わります。階段で複数の高さへ進める構造は、そうした水位の違いに対応して水へ近づくうえでも意味があります。
水源を確保することと、そこへアクセスすること。その二つを分けて考えると、井戸に階段がある理由が分かりやすくなります。
水を上げる設備と、人が下りる空間
アウクスブルクの記事では、水車でポンプを動かし、水を水塔へ汲み上げる仕組みを紹介しました。ラニ・キ・ヴァヴで目を引くのは、人が水のある場所へ近づくための階段です。
高低差という同じ条件に対して、設備の姿が大きく変わっています。
僕が現場で扱ってきたポンプには、電動機で動かすものがあります。そのため、水が低いところにあれば「どうやって上げるか?」を考えがちです。
階段井戸を見ると、そこに人の動きという視点が加わります。
どこから入り、どのように下り、水を手に入れて戻るのか……水の通り道と同じくらい、人の通り道も重要だったのだと思います。
もちろん、人が下りれば水を持ち帰る手間までなくなるわけではありません。使う場所へ水を届けるまでには、人の仕事が残ります。
蛇口から水が出る生活では意識しにくい、その手間まで考えさせられる建築です。
なぜ井戸が、彫刻で飾られているのか
ラニ・キ・ヴァヴには、神々や神話、人々の姿を表した数多くの彫刻があります。段階的に地下へ続く空間に、細かな装飾が重ねられています。
クレオさん突然すまぬ。
水は神聖なものなのだ。
だから神話とも関係があるのかもしれん(個人の感想)
水を汲むためだけなら、ここまで飾る必要があるのだろうか……そんな疑問も浮かびます。
その答えに関わるのが、水の神聖さです。
UNESCOは、この井戸を水の神聖さを強調する「逆さの寺院」として設計された建築と説明しています。地下へ向かう空間が、宗教的な意味を持っているのです。
グジャラート州の観光資料も、階段井戸は水を集め、人々が交流する場所であると同時に、精神的な意味を持つ施設だったと紹介しています。
生活に必要な水を手に入れる場所に、信仰や人の集まりが重なる。そう考えると、彫刻は設備に後から付け足された飾りとして片づけられません。
ここでは、水を使うことと、水を大切なものとして受け止めることが一つの建築の中に表れています。
水インフラの現場から見る「使える水」の条件
ラニ・キ・ヴァヴは、現在は昔のように給水ができる井戸ではありません。
UNESCOは、サラスヴァティー川の流路の変化に伴って地下水位が変わり、井戸としての機能が失われたと説明しています。建物が残っているから、水の働きも残っているとは限らないのです。
地下水は、地層のすき間などに存在し、雨や周囲の水の動きと関わっています。
そのため、井戸を考えるときには、壁や階段の状態だけでなく、水がどこから補われるのかにも目を向ける必要があります。
ここで僕が気になるのは、設備の外側にある条件です。
水の供給が減ったとき、どこまでが施設の修理で対応できる問題なのか?そもそも水源の条件が変わっているなら、同じ設備を直すだけで足りるのか?
これは当時の人々が実際にどう判断したかを示す話ではなく、現場経験から僕が疑問に感じたことです。
ラニ・キ・ヴァヴは、石造りの建築として残っています。その一方で、水を使う条件は変わりました。この違いは、水インフラが周囲の環境と切り離せないことを伝えてくれます。
世界遺産マイスターとして見たい技術と美しさの重なり
ラニ・キ・ヴァーヴの登録基準(i)では、建築と彫刻の優れた完成度が評価されています。(iv)では、地下の水資源を利用・貯蔵する階段井戸という建築形式の代表的な事例であることが重視されています。
美しい彫刻と水を利用するための構造。その両方がこの世界遺産の価値を形づくっています。
水インフラとして見ると階段や井戸の配置が気になり、世界遺産として見ると、そこに込められた信仰や芸術にも目が向きます。
二つの見方を重ねることで、「なぜこんな形なのか」という疑問の答えが深くなります。機能だけでも、装飾だけでも、この建築を十分に説明することは難しいのです。
僕自身、普段の仕事では設備の安全や動作を優先して考えます。だからこそ、水を使う場所をこれほど豊かな空間にした人々の発想が気になります。
必要なものをつくるとき、人はそこに何を込めるのか。この井戸にはそんな問いかけがあるように感じます。
まとめ:地下へ続く階段が教えてくれること
ラニ・キ・ヴァヴに階段があるのは、人が地下の水へ近づくためです。その実用的な通路が、神々の彫刻に囲まれた建築としてつくられました。
水を確保し、使える場所へ近づき、その恵みを大切にする。階段井戸には技術と暮らし・信仰が重なっています。
過去の歴史を知ると、井戸という言葉から想像する景色が少し違ってみえるのは僕だけでしょうか?
参考文献





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