石で囲まれた大きな空間。その底へ向かって、階段が延びています。
インドの世界遺産ドーラヴィーラには、古代の人々が水を蓄えるためにつくった貯水施設が残っています。
壮大な宮殿や高い塔とは違い、地面を掘り下げた空間が目を引く遺跡です。今は水のない場所にも、かつて水が満ちていた様子を想像すると、都市の見え方が変わります。
なぜ、この街には大きな貯水施設が必要だったのでしょうか。
この記事では、水システムの中でも、季節によって得られる水を蓄え、暮らしを支えるための都市計画に注目します。 ドーラヴィーラでは、水を確保する仕組みが、街の配置と深く結びついていました。
インダス文明の都市に残る、水のための空間
ドーラヴィーラは、インド西部グジャラート州、カッチ地方のカディール島にあるインダス文明の都市遺跡です。
インダス文明はハラッパー文明とも呼ばれ、ドーラヴィーラでは紀元前3000年ごろから紀元前1500年ごろにかけての居住の歴史が確認されています。
城壁で区切られた都市には、城塞、居住区、儀礼のための広場などがありました。石材を広く使った建築も特徴です。
2021年には「ドーラヴィーラ:ハラッパー文明の都市」として、登録基準(ⅲ)(ⅳ)で世界文化遺産に登録されました。
評価されているのは、都市の計画性や建築技術、当時の社会を伝える遺構です。その中で、貯水施設や排水施設も重要な位置を占めています。
水の設備は、都市の片隅に付け加えられた小さな存在ではありません。街を理解するために欠かせない要素なのです。
街の両側に川があっても、水は常に得られない
ドーラヴィーラは、北側のマンサルと南側のマンハルという、二つの季節河川の間に位置しています。
季節河川とは、季節や降雨によって流れが大きく変わる川です。近くに川があるからといって、一年中、必要な水が流れているとは限りません。
ここでは「水をどこから取るか」とともに、「水が得られない期間をどう過ごすか」が問題になります。
雨によって川に水が流れたとき、そのまま通り過ぎるのを見送れば、後から取り戻すことはできません。
水が来たときに集め、蓄え、後で使えるようにしておく。ドーラヴィーラの貯水施設は、この時間のずれに対応するための仕組みでした。
水のある場所だけで都市の立地は決まらない
それなら、もっと水が豊富な場所に街をつくればよかったのではないか。そう感じるかもしれません。
しかし、都市の場所は水だけでは決まりません。
ドーラヴィーラの立地には、原材料の確保や交易上の利点もありました。遺跡からは、ビーズづくりなどの生産活動や、他地域との交流を示す資料が見つかっています。
人々が集まり、ものをつくり、交換する場所としての条件があり、その場所で暮らすために水の課題へ向き合ったと考えると、都市と水の関係が見えてきます。
流れてくる水を、都市の中にとどめる
ドーラヴィーラでは、河川の流れをせき止めたり、水路で導いたりして、貯水施設へ水を集める仕組みが築かれました。雨水を集める工夫も含まれています。
城塞の東側や南側には、一連の貯水施設が残っています。
大切なのは、大きな穴があることだけではありません。そこへ水を入れる道と、水をとどめる構造が組み合わされていることです。
貯水池が大きくても、水が流れ込まなければ空のままです。逆に、水を集める道があっても、蓄える場所がなければ、流れは通り過ぎてしまいます。
集める場所、導く道、蓄える場所。それらの位置関係まで含めて、一つの水システムになっています。
大きな貯水施設は、都市の空間を使う
貯水施設には、まとまった広さが必要です。
都市の中にその場所を確保するということは、住宅や道、城壁などとの関係も考えなければならないということです。
また、水は基本的に高い方から低い方へ流れます。水を集めやすい位置と、人が暮らす場所をどう組み合わせるかも重要になります。
ドーラヴィーラの配置を見ると、水の問題を設備単体で考えるだけでは足りないことが分かります。
水を蓄える場所を確保することは、都市の形を考えることでもあったのです。
貯水量は暮らしを続けられる時間に関わる
水インフラの目線で貯水施設を見ると、その大きさから、もう一つ考えたくなることがあります。
それは「この水で、どれくらいの期間を支えられるのか」ということです。
一般に、同じ量の水を蓄えていても、使う人が増えたり、一日に使う量が増えたりすれば、持ちこたえられる期間は短くなります。
例えば、使える水が100あり、一日に1ずつ使うなら100日分です。一日に2ずつ使えば50日分になります。
実際には、蒸発や漏水なども関わるため、このように単純ではありません。それでも、貯水量と使用量を一緒に考える必要があることは分かります。
ドーラヴィーラの貯水施設についても、見た目の大きさだけで「何人が何日暮らせた」と言い切ることはできません。当時の水位や利用量など、分からない条件があるためです。
それでも、街の中に大きな貯水空間を設けた事実は、水を得られる時期から、得られない時期へつなごうとした工夫を伝えています。
蓄える設備は使い続けることまで考えたい
僕が貯水施設を見て気になるのは、つくった後の状態です。
一般に、川や地表から水を集めると、砂や泥も一緒に入ってきます。それが底にたまれば、水を蓄えられる空間は小さくなります。
貯水施設の外形が変わらなくても、実際に使える容量は変わるのです。
そのため、水をためる仕組みを考えるときには、流入口の状態や堆積物、水が漏れないかといった点も見たくなります。
これは、古代の人々が現代と同じ方法で管理していたと断定する話ではありません。残された設備を、水の働きから読むための視点です。
遺跡の階段や壁、流入口を眺めるときも、「何の形か」に加えて、「ここで水がどう動いたか」を考えると、細部への関心が生まれます。
貯水施設から、都市全体を見直す
世界遺産マイスターの目線では、ドーラヴィーラの価値は、巨大な貯水施設が一つ残っていることだけにあるとは思いません。
城壁や居住区、広場、貯水施設が、互いの位置関係を保ちながら残っている。そこから、都市をどのように組み立てたのかを考えられることが魅力です。
建物の豪華さに注目する見方もありますが、暮らしを支える設備から都市を読む方法もあります。
水がどこから入り、どこに蓄えられ、その近くに何があったのか。そうした関係を追うと、石の遺構が、人々の生活の場として見えてきます。
また、長い居住の歴史を持つ遺跡なので、今見えている都市の姿が、一度の工事ですべて完成したと考える必要はありません。街の配置や建築には、発展や変化の過程が刻まれています。
水の設備も、都市の歴史の中に置いて見ることが大切です。
水を蓄える場所には、暮らしの予定がある
ドーラヴィーラの貯水施設は、今は空の石造空間として見えるかもしれません。
しかし、水が入っていた場面を想像すると、そこは雨のない期間の暮らしを支える場所になります。
水を蓄えるとは、今ある水を、後の日々のために残すことです。そのために都市の土地を使い、水路をつくり、大きな構造物を築く必要がありました。
ドーラヴィーラは、貯水が街づくりの重要な条件だったことを伝えています。
大きな貯水施設の向こうに、城壁や居住区が並ぶ。その景色を一緒に見ると、水の設備と都市の計画を切り離せない理由が分かります。
ここで人々が蓄えようとしたのは、水とともに、その土地で暮らし続けるための時間だったのだと思います。
- UNESCO世界遺産センター「Dholavira: a Harappan City」
登録情報、都市の構成、貯水・排水施設の位置づけ、交易との関係。 - ICOMOS「ドーラヴィーラ評価書」(2021年・PDF)
都市の立地、水管理システム、遺構の構成と保存状況。 - グジャラート州カッチ県公式サイト「Dholavira」
遺跡の所在地と、マンサル・マンハルの二つの季節河川。 - グジャラート州観光局「Dholavira」
都市遺跡と雨水を集める仕組みの紹介。 - R. S. Bisht「Dholavira and Banawali: Two Different Paradigms」(PDF)
発掘調査に基づく、河川の堰や貯水施設に関する考察。


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