【論文】アブ・メナはなぜ危機遺産を脱した?チャン・チャンと考える水と世界遺産の予防保全

2025年には危機遺産を脱した世界遺産が3件ありました。

その中で僕が注目したのは、エジプトの「アブ・メナ」です。

水と遺跡に関連した遺産は他にもあり、同様の課題を抱えていながら、なぜ「アブ・メナ」は危機遺産を脱することができたのか?

比較しながら論文を展開します。

この論文は世界遺産検定マイスターの問3と同じ構成で作成しておりますが、合格を保証するものではありません。検定での事例の取り扱いは個人の責任となりますのでご理解ください。
また、本論文の転用や写しはご遠慮ください。

目次

【出題】危機遺産を脱した世界遺産と予防保全の在り方

【オリジナル問題】

世界遺産を構成する建造物は、建設当時の気候や地盤、水環境のもとで長く維持されてきた。しかし、農業開発や気候変動によって周辺環境が変化すれば、遺産そのものを修復するだけでは価値を守れない場合がある。危機遺産制度の役割にも触れながら、今後必要となる予防保全のあり方について、あなたの考えを述べなさい。

【論文】アブ・メナとチャン・チャン遺跡地帯の違い

 世界遺産は、登録された瞬間から未来永劫、同じ姿で残り続けるわけではない。建造物は、その土地の気候や地盤、水環境と折り合いをつけながら、長い時間を生きてきた。しかし、人の営みや気候変動によってそのバランスが崩れれば、昨日まで遺産を守っていた環境が、今度は遺産を傷つける存在にもなる。だからこそ、これからの世界遺産保全には、壊れたものを直すだけではなく、「壊れる前に気づく」予防保全の視点が必要だと考える。

 そのことを教えてくれるのが、エジプトの「アブ・メナ」である。砂漠に残る初期キリスト教の巡礼都市は、長い間、乾燥した土地に守られてきた。ところが周辺の農業開発に伴う灌漑によって地下水位が上昇すると、その前提が崩れた。水を含んだ地盤は不安定となり、遺構への深刻な影響から2001年に危機遺産リストへ記載された。その後、井戸や排水設備の整備、地下水位の監視などが進められ、2025年には危機遺産リストから解除された。重要なのは、傷んだ遺跡だけを直すのではなく、「遺跡を傷つけている環境」にまで目を向けたことである。

 一方、ペルーの「チャン・チャン遺跡地帯」では、別の水との闘いが続いている。乾燥地に築かれたアドベの都市にとって、エルニーニョ現象による豪雨や地下水位の上昇は大きな脅威となる。排水路や保護屋根の整備、地下水位の監視などが進められているが、都市開発や不法占拠など複数の問題も抱える。同じ「水」という脅威でも、その原因や周辺環境は異なる。世界遺産を守ることに、ひとつの魔法のような答えはない。遺産ごとに変化を捉え、その原因に応じた対策を続けることが必要である。

 私は、危機遺産制度も世界遺産を未来へつなぐ仕組みとして捉えたい。危機遺産リストは単なる「危険な世界遺産」の烙印ではない。危機を世界に可視化することで、国際的な監視や技術、資金などの支援を集め、改善へ向かうきっかけにもなる。今後は地下水位や降水量、地盤などの小さな変化を継続的に監視し、被害が大きくなる前に対策することが重要である。世界遺産を守るとは、過去の姿を閉じ込めることではない。その土地に起きている変化を見つめながら、次の世代へ渡していくことである。千年を生きてきた遺産の時間を、そこで途切れさせないために。「壊れる前に気づく力」が、これからの世界遺産を守る新しい力になると考える。

執筆:2026年8月23日

【まとめ】保護とは小さな変化に気づくこと

アブ・メナの事例で興味深いのは、守る対象が「遺跡」だけではなかったことです。

地下水位が上がれば地盤が変わり、雨の降り方や周辺の農業、都市開発が変われば、遺産を支えてきた環境そのものが変化します。

だから世界遺産の保全は、壊れた場所を修復して終わりではありません。

危機遺産制度も、世界遺産締約国に危機を可視化し、支援や改善へつなげる仕組みとして活用できるものてす。

何百年、何千年と続いてきた世界遺産の物語を、僕たちの時代で終わらせない。

そのための「未来への先回り」が、これからの予防保全なのかもしれないと思います。

その他の論文は、 #マイスターnote にまとめてありますのでご覧ください。

論文はそのまま使うのではなく事例の参考や書き方の例としてご活用ください。

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この記事を書いた人

◇世界遺産検定マイスター
推しの世界遺産は「フィレンツェ歴史地区」。小説の中に迷い込んだかのような美しい空気感が魅力的でマーブル紙も有名。

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